顕微鏡歯科 Advanced Care Dental Office リップデザイナー☆naomi

はじめまして。Advenced Care dentai Office マイクロスコープ顕微鏡歯科☆歯科衛生士naomiこと戸田奈緒美です。歯を綺麗にする事が私の「仕事」です。良い「仕事」をするために歯科衛生士道まっしぐら。日々精進。

カテゴリ: 生きるとはどういうことか

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歯科用顕微鏡@歯科衛生士naomiです 初めてブログにお越しの方はこちらをご覧下さい。→歯科疾患の予防の重要性(ブログはおちゃめ(*゚∀゚)ですがHPは真面目です(`・д・´)

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皆様こんにちは、歯科衛生士naomiです

今日は風が爽やかで気持ちの良い休日ですね皆様いかがお過ごしでしょうか?

私は今日はめずらしく休日なのに早起きし、朝食を作って洗濯。洗濯しながらNHKの花燃ゆ総集編をみています。意外と好きなんですよね。NHKの大河ドラマとか、朝の連ドラとか... でもなかなか時間が合わなくて(写真は花燃ゆHPから拝借しました)

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花燃ゆの主人公は吉田松陰。私は千葉出身で、実は千葉に八千代松陰高校というのがあります。 吉田松陰の松下村塾をモデルとして創設された学校です。

私も高校受験の際に受験した...いや、する予定だった... だったかなもう数十年前の話なので忘れてしまいました松陰高校は私立でしたので、公立高校に合格した私は受験したかしなかったか...今となっては定かではありません年はとりたくありませんね(爆)

とそんな事もあり、今回の大河ドラマに興味を頂きつつ、しかしなかなか見れないでいました。今日は見られてラッキー

見てたらね、吉田松陰役の伊勢谷友介さんが何度となく「お前の志は何か」と叫ぶのです。熱血ですね

花燃ゆがつまらないと噂には聞いていたのですが、この熱血が鼻に付くんじゃないかと少々思ったりしましたでもね、個人的にはこういうの好きなんですけどね

今は時代がクールで、何かに熱中するとか、頑張るとかがダサい時代。熱い人は暑苦しい...でしょ?

でも、果たしてそうかなぁと年寄りな私は思うのです。私はいつの時代にも変わらないものがあると思います。私にはドラマ風に言うならば、志があります。それは「私が死ぬ時に誰か一人でも本気で泣いてくれる人がいる人生を送りたい。」ただそれだけです。たった一人で良いのです

誰かが私と同じ時を過ごして良かったと思いを馳せてくれたら、それだけで良いのです

私の職業が歯科衛生士でよかったなと思う事の1つは、人の生き方を普通の人よりも早く見られた事です。歯科衛生士として医学の知識を学び、臨床の中で患者様と接し人を学び、そして訪問診療を経て人の命を学ばせて頂きました。

そして歯科衛生士という職業を通じて多くの仲間と知り合い、ともに時代を生きる人生を送らせて頂いております。歯科衛生士というだけで繋がれる。よく社会人になってからの友人はできにくいと言いますが、歯科衛生士は歯科衛生士というだけで意気投合できる

自分次第でとても楽しめる、ものすごい可能性のある職業です。そんな歯科衛生士を20年以上続けてきたからこそ。生きる志があります。

人は年をとると急に人に感謝しなさいと言いだします。それが人間の本質です。誰もがその境地に達するとするならば、もっと若い時からそう思い自分の人生を人のために生きるのが人の道だと私は思うのです

以前から何度か申し上げていると思いますが、私は数年前に大切な人を亡くしました。この世の中には生きたくても生きられない人もいて、彼らは先に逝ってしまった... 

私の今の姿は彼らに誇れる姿だろうか?私の人生の決め手はそれだけ。いたってシンプル。人生は2択でやるかやらないか。そして今自分が決めた選択肢が彼らに誇れる選択であるかどうか。それだけ。

そう思えば大抵の事はスルーできます 日本では戦争が終結したけれど、世界で戦争がなくなった日はありません。どこかでいつも紛争が起きていて、いつも命を落とすことと背中合わせで、自分のやりたい事もできない。今の日本人は恵まれているじゃないですか。何を迷う必要があるのか。

幸せな今の日本に生まれたからこそするべき事がある。そんな事を最近よく思います。

最近は人の道を教えてくれる大人も少なくなりました。他人の事に尽力してくれる人なんて極稀です。だって、クールで情熱を傾ける事はダサいんですものね

話が長くなりました。何が言いたいのかわからなくなって来ましたが

最後に私がこうやって爆裂する事が、人の人生を変える事もあるのだなって最近思います。ブログを見て何かを感じてくれる人もいますし、実際の私と出会って感じてくれる人もいる。人との出会いは偶然でもあり必然でもある人との出会いは本当に不思議です。まあそれをご縁というのでしょうなぁ。。。

あ。洗濯が終わった模様。では皆様今日もよい休日をお過ごしくださいませ 


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 はあ。ここ最近忙しい日が続いております。
8月に開業当初からいたアシスタントのSachiちゃんが退社し、新しくスタッフが入ったのですが数日で退社...次にスタッフが入社するまで数週間あり、バタバタと忙しく、やっともう1名スタッフが入りました。

12月でやっと3ヶ月が経過。なんとか今回は続いていて一安心です。なんとかなんて言うとナッキーに怒られちゃうな(笑) 

スタッフはそれぞれに個性があります。長年いていろんなアシスタントさんが出入りすると長所、短所...いや、向き、不向きがよく見えます。私はもう御局の域ですから、彼女達に適材適所な仕事を与えるのも私の役割かななんて思います。

私は仕事が大好きで なんて事を言っていたら、某患者さんには、仕事の職人としてはいいけど、女子としては可哀想だと言われた事もあり(笑)女子が仕事にのめり込み過ぎるのもどうかと私も思いますけど。

でもね、例えば、これが仕事じゃなくても、きっと同じだと思うのです。つまり、仕事とか、遊びとか、趣味とか...そう、区別がない。

人生という大きなくくりで見ると、せっかく自分が自分として存在しているのだから、何か自分にできる事をして死にたいなぁと思うと、それが仕事であれ、趣味であれ同じだと思うのです。

その人生のやりたい事が、仕事と兼ねているだけで。だって仕事も趣味もなんて私そんなに器用じゃないし

何かを追求するという意味では同じ。仕事の歯科衛生士を追求するか、例えば趣味のダイビングを追求するか、私にとってはどっちも同じなのです。

え?変わってます?

人間いつかは死ぬのですから。それなら何かのお役に立って死にたいし。誰か1人でもいいんですけど、「naomiさんに会えてよかったなぁ」と言って、私た死んだ時に泣いてくれる人がいるなら、それはそれは素晴らしい人生じゃないかって思うのです。

私の祖母は専業主婦でしたけど。

祖母が80歳を越えてなくなった時、もうずっと音信不通だった近所のおばさんがお焼香に来てくれました。祖母は頑固で嫁達には嫌われていましたから、身内で心底悲しむ人は実の子供以外いなかったと思います。 でも、その近所のおばちゃんは、わざわざお焼香に来て下さって泣いて悲しんで下さいました。

人には色々な顔がありますし、その距離によってその人の印象は変わる物です。身近な者には厳しくもなります。でもそんな中でも、おばあちゃんの為に泣いてくれた人がいる事が、私には衝撃的でした。


人は死んだらいなくなっちゃって、それはただ単なる生物の命が誕生して尽きるという地球のサイクルの1つに過ぎないけど、人は心の中で存在する事ができる。きっと肉体がなくなっても誰かの心の中で存在し続けられるのは人間だけだと思います。

生きた証を残せる人間になりたいなぁと思います。家族が涙を流すのは当たり前だけど、他人が涙を流してくれるのはそれなりの感動をその人に与えたからだと思います。

だからそういう生き方を、そういう死に方をしたいなとずっと思っています。

死んだ人が誰かの心の中で生き続け、そしてその存在がまたその人を変えていき、またその人が誰かの支えとなり...人の世なんてそんなものかなぁって思ってます。

私の心の中にも亡くなっていったたくさんの人がいて、その人達に恥じない生き方をしようっていつも心に決めています。それは、まだ私が今日生きているからです。

今日も生きている事に感謝し。誰かを幸せにできる存在である。それだけで人生よいような気がします。

さて、意味不明的、余計なおしゃべりが過ぎました。

だからかな、私はうちの職場に限らず、出会ったスタッフが自分の人生を素敵に生きてもらいたいなぁっていつも思うのです。うちの職場にいる事が幸せだとも思わないし、その子にあった人生があって幸せになってくれたらなってね。だから適材適所でお仕事を与えてあげたい。

まあ仕事は限られていますから、なかなかやりたい仕事を与えて上げる事もできないのですけれど...そしてそういう気持ちを伝えるのもなかなか難しいんですけどね。

おー。もうこんな時間。ちょっくら行く所がありますのでお出かけして参ります

 

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naomiブログをご覧の皆様、こんばんは歯科用顕微鏡@歯科衛生士naomiです 

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先日の研究会の一枚です

原理原則が大切。なぜ人は生まれてきたのか...
歯科の学術的な事だけでなく人生を教えて下さる大先生と出会えた事は人生の大きな宝物です

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明日は研修会3回目。セファロの分析です...

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なぜか私は昨日の夜から京都におりまして

今日は京都は雪でした。

日曜日に大阪でセミナーがありまして、そのついでに京都のあるお寺さんに行って参りました。

時間があまりないので、今このときにしかできない事をしたいと思いまして、妙心寺東林院さんの小豆粥の会なるものに参加して参りました。妙心寺さんは京都花園にある臨済宗の大本山。日本最大の禅寺です。

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小豆粥は桜粥、餅粥ともいわれ、新年に食すると一年中の邪気を払い、万病を除くと伝えられています。

妙心寺さんの小豆粥の会の一節をここに引用します。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

“本日は「小豆粥の会」にご参加いただきありがとうございます。
 
 この飽食の時代にあって、私達は衆生(生きとし生けるもの)に施すという心を、ともすれば失っているのではないでしょうか...。  

 禅寺では、食事の前に、般若心経と食事五観文などをよみ、自分の受けた食事の中から少量のさば(生飯・施食)を分ち、庭の木々などにそなえ、小鳥や小動物に施すという「さばの儀式」があります。
みなさまも、この「さばの儀式」に参加し、施すをいう心をとりもどしてみませんか...。”  

 「さば」は当院住職が、皆様に代わって衆生に施します。  
 食事の時、係の者が「さば器」を呈示します。ごく僅か(米粒七ツほど)を分かち、施して下されば幸いです。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

小上がりを上がると沙羅双樹の庭園が見える広間に案内され、福茶と祝菓子が振る舞われます。

福茶と祝菓子のいわれ

umesayu

福茶:元旦「若水」で点てた茶に梅干、昆布、山椒などを入れて、家族全員で頂くと一年中の邪気を払い万病を防ぐと言い伝えられている。

茶礼:禅寺では、和合のため一堂に会して茶菓子を頂く礼式を茶礼という。朝の茶礼には茶菓子を用いず、当山では梅湯(糖)を用います。

梅湯:梅干しに白湯をそそいだものを梅湯と云います。口の汚れを清め、心身の邪気を払うと共に保健のために最もよいと云われている。

梅干:梅は寒中に開花し、雪や寒さにも決して節操を曲げないとして、古くから尊ばれている。梅干も老人の呼名にもなっているところから長寿を表すものとして喜ばれています。

fukugashi
祝菓子

松の雪:主菓子、小倉あん、小豆きんとん製

結び笹:干菓子、和三盆、松と共に縁起ものです。

昆布:古くは「ヒロメ」と呼ばれ広布と各、広くなるという意味で現代の喜びに通ずるものです。

柿:嘉来に通じ万物をかき集めるという目出度い意です。

豆:厄払いの意と共にマメであることを感謝(祝)し、健康に暮せるようにの意味です。

くわい:良い芽が出ますようにとの願いです。 みかん(橙):代々つづき栄えるの意です。

お茶を飲み終わると、奥座敷に案内されます。今日は雪が降っていて...日本庭園と雪、青空がなんとも...風情があると申しましょうか...

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こちらが小豆粥。さじの儀式の後なので、やや乱れておりますが...

本当はこのような席で写真を撮るのは無粋なのですが...それは重々承知しております。 しかしながら、こうした儀式がある事や、儀式のいわれを私の胸にだけ止めておくのはもったいないと思うのです...

こちらの小豆粥にも本当に素晴らしい文がついております。引用します。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

食事五観文

禅寺では食事の前に「般若心経」と「食事五観文」などを唱えて、自分を戒め、万物に感謝の気持ちを表します。この「食事五観文」は食事に対する心掛けや作法について、厳しくも分かりやすく解かれたものです。

1.一つには、功の多少を計り、彼の来処を量る。  

 食事にはいかに多くの人の手数と労力が費やされているか、その苦労を思い、天地自然の恩恵を忘れてはならない。

2.二には、己が徳行の全欠をはかって供に応ず。  

 自分の人格の完成を目指し、また自分の務めを成しとげるために食事をする。

3.三つには、心を防ぎ、過貧等を離るるを宗とす。  

 食べ物に大して不平や不満を抱かず、飲み過ぎ、食べ過ぎの貧る心を起こさないよう、食事は心の修行である。

4.四つには、正に良薬を事とするのは、形枯を療ぜんが為なり。  
 
食事は、飢えや渇きをいやし、心身の枯死を免れる良薬と思って、決しておろそかに食べないという心、平和な心持ちで食する。

5.五つには、道業を成ぜんが為に、将にこの食をうくべし。  

 人として正しく生きることを成就するための食事である事に対して、反省と感謝の心を持ち、新たな誓いを心に持ち行うこと。   合掌

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

和菓子の小豆が美味しくて黒豆黒々ふっくら美味しく、小豆粥の小豆もふんわり

壬生なのからしあえ、お大根もとーっても美味しくて。感激。

庭園に雪が舞い落ちるのを見ながらの小豆粥は格別のものでしたごちそう様でした。

食は奥が深い。

妙心寺さんがおっしゃっている事は当たり前の事だけど、今はその当たり前が当たり前ではなくなっていますよね...日本の食事様式も大分様変わりいたしました。

連日お惣菜コーナーは大繁盛。悲しいかな八百屋さんや魚屋さんが無くなっていきます...

お正月早々良い体験ができました。

食事は心の修行かぁ。私も隙があれば...特に1人だったりすると、食べなくてもいっかな...なんて思ってしまうのですが、最近はできる限り作るように心がけています...

皆様もぜひ一度ご自身のお食事を振り返ってみて下さい。

今日も美味しくお食事できる事に感謝

合掌

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今日は一言だけ

この世に生命が誕生する事も。そして生きる事も。

それは当たり前のようだけど本当は違う。

生命が誕生する事も生きる事も、本当に...本当に...本当に...本当に...奇跡的な事。

生きててくれて有り難う

今朝友人と交わしたメール

みんな生きててくれて有り難う

naomiブログをご覧の皆様、こんばんは歯科用顕微鏡@歯科衛生士naomiです

今日は土曜日ですが、院長が研修会のため休診お休み頂いております。3連休イエーイ

さて。この休みを利用して某雑誌社から頼まれていたエッセイの原稿を仕上げ、本日郵送しました。

その中の一節を書きながら、ずーーーーーーっと心に秘めていた事を今日は書こうと思います。

6月18日。私の大切な知人が亡くなりました。

ご存知の方も多いと思いますが、シャープニング社代表であられた風見健一さんです。



生前、風見さんには大変お世話になっておりまして、風見さんが主催していたシャープニングのセミナーに参加し、インストラクター養成コースも受講。マンツーマンでトレーニングを受けた事もありました。

ただ私は最初からインストラクターになるつもりはなく、インストラクター並みの知識を習得したく受講したわけです。そんな不純な動機でインストラクターコースを受講したので、受講後はそのままになってしまいました

私は最後の最後に風見さんから教えられた事があります。

それは「人が生きる」という事。そして「死に行く」という事。つまり命について。

私は格別風見さんと親しかったわけではありませんが、たまたま仕事の依頼でお電話した時にご病気になられていて。。。

ご本人からお話を聞いた時「もう二度と会えないかもしれない。」と思いました。

だから。。。どうしても会いたいと思いました。

でも。。。会いに行くのは私の会いたいという欲求を満たすだけであって、彼の為にはならないのでは?私は会いたくても相手は会いたくないんじゃなかろうか?様々な想いが頭を過りました。

死に行く彼と向き合うのが怖かった。

病院のナースステーションで面会可能か尋ねました。ここまで来ながら向き合う自信が、、、ない、、、

風見さんはだいぶお痩せになられていて、、、切ない。

そして忘れられない一言。

「私にとっては残された時間をどう生きるかじゃないんです。どう死ぬかなんです。」

強い方だなぁ。

私は声が震えそうになりながらも意を決して言いました。

「私も多分、もうお会いできないんじゃないかと思ってそういう覚悟で会いに来ました。」

その時風見さんと私の間には職業とか年齢とか性別とか、そういう全ての事を越えた、1人の人間として、、、対人間として向き合ったなんとも表現し難い間がありました。

それから2時間ぐらいたわいもない話をしていたと思います。

その後私も体調を崩し、ずっとと気になりながらその後お会いできずに

もう1度お会いしたかった。

あまりにも急な突然の死。まだお若かったのに。

風見さんが亡くなった後、私は続けて大切な人を失いました。
やっと心の整理が付いてきた今日この頃。

風見さんの事を皆さんにも忘れてほしくない。
人は死んで肉体は朽ちて無くなってしまっても、誰かの心の中で生き続けられる

彼が歯科業界で情熱をかけてきた日々を、彼の存在を、忘れる事なくこうして生かされている私が彼の分まで懸命に生きる事、そしてこの業界に貢献する事。それが私ができるせめてもの彼への供養。

ご冥福をお祈り申し上げます。

合掌

先日、ある人のお見舞いに行ってきました。

年末にお仕事の依頼をした調子が悪くて入院しているとのことだった。

年が開け連絡しますと言われて1月が終わろうとしていた。

お電話をしたらつながらなくって。。。折り返しの電話で。。

人との出会いは偶然でもあり必然でもある。

私はいつもそう思ってきた。

今回のお仕事の依頼だって、その人に依頼するお仕事が出来たってことも偶然なような必然で、めったに電話しない私がメールではなくお電話したのもめずらしい。

そういう巡り合わせだったのだと思う。

病状をお聞きして。。。当たり障りなく言った。。。

「何か私にできることがあったら言ってください。」 

半ばこれが最後の電話と思いつつも、他に何も言う言葉が見つからなかった。ご自宅で療養中ということだったし。。。

でも。。。電話を切った後すごく後悔した。もう会えないかもしれない。。。

もう会えないと思うとまだ会えるうちに会いたい と思った。

友人を介して入院先を聞いた。 

やっぱり病状が思わしくないようだった。。。

友人と約束してたけど、フライングして1人でお見舞いに行った。

病院が遠いこともあったけど。。。行くのが怖かった。だからなんとなく時間が過ぎて、ちょっぴり遅くなっちゃった。

電車に揺られて1時間半。音楽ガンガンで気を紛らわせた。

着いた。

看護師さんに今日は面会 可能か聞いて、ご本人に聞いてみますとの答えだった。

断られたら帰ろう。そう思ってた。 

でもお会いできた。

思ってた通りのお姿だったけれど、お会いできてよかった。

 余命。。。

明日のことはわからない。それは元気な人だって同じ。

人は命のともしびが消える時何を思うのか。。。

私にはわからないけど。ううん。わからくもない。でもそれは想像でしかない。

でもひっそりと消えていこうとする姿は見ていて寂しい。

自己満足でお見舞いに行くのか、本人のためにお見舞いに行くのか。正直わからない。

わからないけど。。。会いたいから会いに行く。会ってもらえなくても。。。

今日は寒い。こんな寒い日は眠れないかなと思うとせつなくなる。

どう消えていくか。そんなことを考えているのかと思うと胸が痛い。

こんな時人って無力だ。

naomiブログをご覧の皆様、こんにちは☆歯科用顕微鏡@歯科衛生士naomiです 

早いもので震災から1年が経ちましたね。

もうあれから1年。。。なんだかそんなに経ったように思えないけど。。。

今日は家事をしながら1日震災の特番見てます。
正直、テレビ欄を見た時は、なんだ、、、みんな震災の特番かぁ〜ってちょっと気が滅入ったんだけど、でもずっと見てます(笑)

でも被災者じゃない私が思うくらいだから、心の傷を追った被災者の人はもっといろんな思いが交錯していることでしょうね。

 この1年どんなだったかな〜って思うと、意外といろんなことがあった1年でした

2月に旅行に行って、3月に虫垂炎になって。震災。そうこうしている間に5月になってセミナーで発表。6月にある出来事をきっかけに 生きることの意味とか、命の意味と考えて。悶々としているうちに夏が来てそうこうしているうちに11月の学会発表。

学会ですったもんだあって、人間不振に陥って、あっという間に年があけちゃって。

今日になった

そして、今日、今思うこと。震災のテレビで泣きながら、泣くだけただで私って何もしてないな〜って思うんだけど、でもね、毎日を一生懸命生きることが大切なんじゃないかって思う。

 みんな一生懸命生きてるんだ。今日当たり前のことが、明日は当たり前じゃないかもしれない。

それは震災があっても、震災がなくても生きてるってそういうことなのだと思う。人は幸せすぎるとそういうことを忘れてしまう。

つい昨日まで元気だった人が、明日には逝ってしまう。。。そんなことがあるのが生きてるってことなんだ。

だから、今日できることを精一杯。 

近々ある人のお見舞いに行きます。 つい先日まであんなに元気だったのに。会うのがとても怖い。

人は人の中でずっと生き続けることができる。

サクラダファミリア、ガウディーのように。

さて。今日も一生懸命生きよう。

まずは洗濯だね(笑)

naomiブログをご覧の皆様、こんばんは☆歯科用顕微鏡@歯科衛生士naomiです

もう年末で皆様はお休みでしょうか。。。

実は私は25日に祖父が亡くなりまして、昨日お通夜で、本日告別式でした。
ほっと一息ついて、夕方自宅に戻ったところです。

今年もあと少しですが、今年は「命」について考えさせられた1年でもありました。

新しい命が誕生することもすごく奇跡的なことで、そして私は人類何千年の歴史の命を受けついできて生きているということ、そして、私の生きる能力は祖先から受けついでいることなどなど、いろんなことをきっかけに考えた1年でもありました。

亡くなった祖父は数え年で88歳。

先日主治医から、食事ができなくなって来たので、点滴か、胃瘻か、経鼻栄養の選択を迫られたそうで、実は母と会って話をする予定の日に、祖父は他界してしまいました。。。

食べることは生きること、生きることは食べること。

食べられなくなるということは、死が近づいていることを意味します。

私は母からその話を聞いた時、様々な思いがよぎりました。

それは、訪問で多くの患者さんを見てきたからで、生きさせられることと、生きることが違うということを現場で感じていたからです。

病院にとっては、食事は手間がかかるケアの1つです。人手も足りない中で、胃瘻や経鼻栄養は簡単なものです。餌を流せば言いわけですから。。。しかも処置には点数がつきます。処置をすれば病院の利益になります。

TPPで医療が自由化されて、民間企業が参入し、利益を追求した病院経営になるとはそういうことです。

母は、年齢も年齢だし、口から食べられなくなるのなら、それは仕方がないことで、胃瘻や経鼻栄養ではなく、食べられないようなら点滴で補って、なるべく自然に近い形でと主治医に言ったそうです。 

母は強いな〜

普通の家族は、たいてい死を看取るのが怖くて、とにかく少しでも長く生きながらえるようにしてほしいと望みます。だから病院は管だらけの人がいっぱいです。他人の私から見れば、生きているのか生かされているのかわからず、生きることとは何なのだろうか?と考えさせられる光景です。

想像してみてください。鼻に管をずーっと入れられているんですよ。意識がモウロウとしていたとしても、もし意識があったら痛いに決まっています。違和感があるに決まっています。

だから、管になるともっと意識がモウロウとします。虚ろな状態が増えます。管を付けるということはそういうことです。

私は思いますが、人は心と体で生きています。心が病めば病気になるように、病気になれば心が病むように、心と体は繋がっているのです。だから医療従事者の私達は心を体の両方をケアしなければなりません。

管になると、きっと生きる意欲がなくなっていくのだと思います。

ケアとは不思議なもので、人が手をかければかけるほど人は元気になります。(もちろん限界はあります。)だからケアの手を抜くための管では人は元気にならない。

母は祖父の死を受け止める覚悟が少なからずあったのだと思います。なかなか素人ではできない選択です。そういう選択をした母を私は尊敬します。

先日、すごくがっかりしたことがありました。

ある歯科衛生士さんが、訪問で食べられないお年寄りがいて、口から食べさせるにはどうしたらよいか?と質問したら、某衛生士さんが、ある食べ物で練習するといいと言っていました。。。

あまりにもお粗末な話のやりとりに、私は呆然でした。

食べられないから、とりあえず某食べ物を使って訓練。それはないよ歯科衛生士さんっ

診査、診断力が足りなさすぎます。

全身的既往、体幹の保持はできるのか、食事の時の姿勢、口唇閉鎖はできるのか、舌はどの程度動くのか、頬粘膜の状態、むせ、食事形態、手で食事がどのくら運べるのか、食事を認知できるのか。。。まだまだ書ききれないないほど観察するポイントがあります。

私の祖父も主治医から食事がとれなくなってきた、つまり摂食嚥下障害にあたるわけですが、祖父が某食べ物を使った訓練で食べられるようには、絶対になりません。

訪問は、歯科治療の集大成です。臨床ができない歯科医療従事者が、じーさん、ばーさんの話相手程度の認識でやり始めるからたちが悪い。人の体を扱う心構えがなってない!

お粗末さに涙が出ます。。。

ふうっ。クールダウン、クールダウン。

医療従事者は日々勉強だな〜と思います。 

年末最後まで愚痴になっちゃたな

あと2日。最終日はプラスで締めくくりたいと思います 
 

naomiブログをご覧の皆様、こんばんは。歯科衛生士naomiです^^*

つれづれなるままに。

今日は思ったことを綴ります。

日本では“死”に関しての教育がありません。

人が死に行くことがどういうことなのか、家族の死に直面するまで何も知らない。

だから、ある時、家族に死が訪れた時、どうしてよいかわからなくなってしまう。

naomiは医療従事者だから。想像もつくし、ある程度のことが理解できる。

でも、普通の人はそうはいかないよね。。。

介護、医療現場で言われること。

在宅で看取ることの難しさ。

在宅で看取るということに、家族が精神的に耐えられない。

皆、住み慣れた家で死にたいと思っているのに、日本ではほとんどの人が病院で死を迎える。

在宅で死を迎えるということは、家族がその死と直面しないといけないから。

その覚悟ができるほどに日本人の心は成長しきれていない。

姥捨て山。日本に昔からあるこの言葉だが、これが日本人の死生観を物語っているように思う。

姥捨て山は死に関してのことだけど、でも“死”は“生”の裏返しである。死を追求すれば、おのずと生がいかなるものか理解できることであろう。

日本人は“死”を理解できない。つまり“生”が何であるかも本当は理解していないのかもしれない。

死の意味、生の意味を知っていたら、子供が親を刺し殺すなんてきっとならないのではないだろうか?

死を見つめること。それはいくつになっても大変なことだーね。。。

でも、naomiは信じているのです。人はどんな困難にも乗り越えられる力を持っているって。


どうやって文章を締めくくろうか考える。


適当なまとめが浮かばない。

人の死にこんなにも感情が交錯するのはきっと人間だけだろう。

“死”を悩む。それは人間の宿命なのかもしれない。



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