naomiブログをご覧の皆様、こんばんは歯科用顕微鏡@歯科衛生士naomiです

今日は土曜日ですが、院長が研修会のため休診お休み頂いております。3連休イエーイ

さて。この休みを利用して某雑誌社から頼まれていたエッセイの原稿を仕上げ、本日郵送しました。

その中の一節を書きながら、ずーーーーーーっと心に秘めていた事を今日は書こうと思います。

6月18日。私の大切な知人が亡くなりました。

ご存知の方も多いと思いますが、シャープニング社代表であられた風見健一さんです。



生前、風見さんには大変お世話になっておりまして、風見さんが主催していたシャープニングのセミナーに参加し、インストラクター養成コースも受講。マンツーマンでトレーニングを受けた事もありました。

ただ私は最初からインストラクターになるつもりはなく、インストラクター並みの知識を習得したく受講したわけです。そんな不純な動機でインストラクターコースを受講したので、受講後はそのままになってしまいました

私は最後の最後に風見さんから教えられた事があります。

それは「人が生きる」という事。そして「死に行く」という事。つまり命について。

私は格別風見さんと親しかったわけではありませんが、たまたま仕事の依頼でお電話した時にご病気になられていて。。。

ご本人からお話を聞いた時「もう二度と会えないかもしれない。」と思いました。

だから。。。どうしても会いたいと思いました。

でも。。。会いに行くのは私の会いたいという欲求を満たすだけであって、彼の為にはならないのでは?私は会いたくても相手は会いたくないんじゃなかろうか?様々な想いが頭を過りました。

死に行く彼と向き合うのが怖かった。

病院のナースステーションで面会可能か尋ねました。ここまで来ながら向き合う自信が、、、ない、、、

風見さんはだいぶお痩せになられていて、、、切ない。

そして忘れられない一言。

「私にとっては残された時間をどう生きるかじゃないんです。どう死ぬかなんです。」

強い方だなぁ。

私は声が震えそうになりながらも意を決して言いました。

「私も多分、もうお会いできないんじゃないかと思ってそういう覚悟で会いに来ました。」

その時風見さんと私の間には職業とか年齢とか性別とか、そういう全ての事を越えた、1人の人間として、、、対人間として向き合ったなんとも表現し難い間がありました。

それから2時間ぐらいたわいもない話をしていたと思います。

その後私も体調を崩し、ずっとと気になりながらその後お会いできずに

もう1度お会いしたかった。

あまりにも急な突然の死。まだお若かったのに。

風見さんが亡くなった後、私は続けて大切な人を失いました。
やっと心の整理が付いてきた今日この頃。

風見さんの事を皆さんにも忘れてほしくない。
人は死んで肉体は朽ちて無くなってしまっても、誰かの心の中で生き続けられる

彼が歯科業界で情熱をかけてきた日々を、彼の存在を、忘れる事なくこうして生かされている私が彼の分まで懸命に生きる事、そしてこの業界に貢献する事。それが私ができるせめてもの彼への供養。

ご冥福をお祈り申し上げます。

合掌